男性専科カウンセラー・コーチ        東上真澄の 男の愛と幸せ

男性の幸せと愛生活、人生について書いています

完全無欠の俺ってそんなにかっこいい?

ごきげんよう

愛すべき殿方様

 

随分ご無沙汰しておりました。

二十四節気では大暑ですね。

と言いながら、本日は涼しいのですが。。。

 

 

さて、女性でも男性でも、

繊細に物事を感じすぎて、

沢山傷ついてしまい・・・

恋や愛に本気になるのが・・・

怖い。

事ってありますよね??

 

傷付いている事実を受け入れたくない、

という状態もありますね。

プライドが許さない?

傷付いている自分は、情けない?

完全無欠でなければいけないのでしょうか?

 

完全無欠 = 孤立・孤独

 

だと考えた場合、如何でしょうか?

 

恐らく望むのは、完全無欠。

でも、漏れなく孤立・孤独もついてくる。

 

この葛藤を抱える男性は多いかと思います。

(左脳型の女性もです)

 

要因としては無論幾重にもありますが、

自覚できる大まかな事柄の一つとして、

自分に完全無欠を課してきた過程で、

器用に出来てきた完全無欠さを、

他人に評価されてしまった経験をお持ちでないしょうか?

 

・すごいね

・かっこいいね

・素敵だからね

・さすがだね

・やっぱりできるね 

・これだけ完璧だと釣り合う人いないでしょ

・理想が高いんだよね

・なんでもできるんだね

・自由が似合うね

etc...........

 

そもそも自己肯定力が低い

ので完全無欠を目指す訳です。

 

ありのままの自分を

自分で受け入れていくことが

できないからこそ必死でやっている

「目指せ完全無欠!」を、

評価されてしまったら・・・?

 

続けなければ

ならなくなりますね。

 

これほど辛いことは

生きて行く上でないのではないでしょうか?

 

自分を否定し、

何に向けて頑張っているのか

分からないままに頑張り続け、

爆走し続ける。

 

言ってもいいですか??

 

何の意味があるんでしょうね?

(;ー∀ー)

 

 

これの所為で、傷付いたことによって

様々に歪められた事実の部分に着眼できずに、

歪んだままの傷を抱え、

それすら認めずに、

完全無欠で生きていこうと必死になる。

 

すると・・・

蓋をし続けた歪んだままの傷と、

完全無欠への努力によって

漏れなくついてきた、孤立感・孤独感は

成長し続けます。

 

これが自分をないがしろに

生きてきたツケとして、

突然、人生に翳りを落とすんです。

 

そう、、、

こんなはずじゃなかった

若しくは、

何かに依存し始めたりします。

主には

お酒、

不特定多数の異性、仕事。

 

大義名分が付くものと、

隠せるものです。

 

 

そうやって、奥底にある

完全無欠じゃないんだよー!!!!!

を見て貰いたくなってきてしまうのです。

本人の望む方法ではない場合がほとんどです。

 

 

そんな風に自分で自分を

貶める必要があるのでしょうか?

 

いえ、

そうしないと生きて来れなかったんですよね?

 

でも、もういいですよ?

 

自分を生きてみよう。

 

完全無欠の壊し方だって、

丁寧にやれば上手に自分の人生に戻れます。

 

歪んだ傷だって、

勲章にできるよ!!

 

自分を大切にするってそういうことじゃないかな^^

 

って思います。

 

私はね、、、、

なんでも平気な顔をされるよりも、

「俺にはこんな時に

 寂しさを感じてしまうところがあるんだよ」

 

「愛されたかったよ」

 

など、脛に傷を持つ男性の方が、

親しみが持てて、

その部分は決して傷つけないであげたい。

と、自分にできる

範囲の愛情をかけたくなりますよ?

 

そんな自分の傷を見つめる男性なら、

一緒に見つめていきたいと思います。

 

これが女性の答えです。

 

愛をこめて。

 

 

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